
先日、赤塚不二夫さんの葬儀が行われました。
昭和の偉大な漫画家がついに・・・かぁとTVを見ていたのですが
タモリさんの弔辞で、それも最後の所で、泣かされました。
「先生、私もあなたの作品のひとつです」
僕の中で突然、落ち着いた気持ちが崩れ、涙があふれました。
すぐには理由がわかりませんでした。
ちょっと自分が落ち着くのを待って、
「なんで、泣いてんの?」
と恐る恐る聞いてみました。
まず僕から出てきた言葉は、「すごい」「感動」でした。
あとは、「うらやましい」「僕の夢」「僕にできるだろうか」
でも、自分の心にすごく力が沸いて来るのがわかりました。
「ああ、僕は僕と関わって幸せになった人にこう言われたいんだな」
どうやら、これが僕が今から生きていく上での「夢」のようです。
今まで20~30代は、とにかく我が家の生活と、
自己実現の為に顔晴ってきました。
そして、ここ2年ほど、すごく恵まれた中にいて
いくつかあった自分の夢が、なんだか叶った感がありました。
支えて頂いている皆さんに大感謝です。
次の夢はなんだろう・・・ってよく思っていました。
子供の頃は、勉強も運動もできない、手先が不器用で
絵も字も下手、体力もない少年でした。
会社に入っても、使い物にならず、何度もクビになりました。
24才で独立するまで、リーダーという事をやったことは
一度もありません。
でも、20年もかけて、ですがここまでこれました。
僕にできた事など、誰にだってできます。
みんな、僕より仕事ができて、体力だってあるんです。
僕の目標はやっぱりこれです。
「経営者とリーダーを育てる力、日本一の男になる」
●今5人いるビジネスパートナーとの5つの会社を育て
その5人との約束を実現する。
●100件のFCオーナーさん達と共に勉強しに豊かになって頂く。
●そして、次々と出てくる次世代を担う若者を、リーダーに育てる。
●僕らの力を必要として頂ける方々に、力を発揮する。
そしていつか、僕と関わって幸せになった方が、僕の葬式で
「私も森正弘の作品です」・・・
僕は、この一言のためだけに、今から数十年間、顔晴れそうです。
僕らの仲間に、先月「すけちゃん」が加わりました。
スタッフ募集の広告で、
「あのー、36歳なんですけど、面接していただけますかぁ?」
と遠慮気味にかかってきた一本の電話で、僕らは彼とは出会いました。
(写真、手前が「すけちゃん」、後ろは「お調子者よっしー」)
先日このブログで紹介した「イケメンよっしー」と
同時期の入社です。
すけちゃんは、さすがは36歳(?)
相手の気持ちが良くわかり、優しくて、ビジネスセンス抜群
その上、夜中も休日も関係なく仕事を覚えることに燃えています。
もはや、女性社員に大人気となっています。
ジュリアでは、「日報」がメーリングリストになっていて
全員の日報を全員が毎日読み、読んだ人が意見や激励をする
システムになっています。
今日は、「すけちゃん」を紹介したいのですが、
きのうの彼の日報に、いいのがあったので、それをそのまま
うっかり(?)コピーしちゃうことにします。
以下、すけちゃん8月9日の日報より抜粋です。
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<今日のコメント>
僕は、どちらかというと何の苦労も不自由もなく、生きてこれた人間でした。
だから、感謝の気持ちも薄れ、日々生きてきました。
僕は前に勤めていた会社で、大きなミス(森さんにとっては豆粒くらいかも)
をしてしまい、今までで初めて大きな挫折を経験しました。
そのミスの責任を取る形で、退職する事となり、
僕は人生の全て失った気がしました。
ずっと無職状態が続き、うつ状態でやる気もでず、後悔ばかりの日々。
カウンセリングにも週1回通ってました。
でも働きゃなきゃいけなく、ベッドメーカーへ就職しました。
その会社の面接の時、僕は前社を辞める理由を聞かれると、
そのミスの件を隠し、嘘を言いました。
そんなミスをした人間は、どこも採用してくれないと思っていました。
その会社を選んだ理由は、メーカーで外資系でお洒落な青山で、
給料もまあまあで、土、日休みで。それでいいやと思いました。
別にベッドが好きで、睡眠に興味があった訳でも無く。
それでもそこで働いてる人がいます。
それで良い人はそれで良いと思います。
でも僕にとってはそれでは違い、空しい日々が流れて行きました。
そして東京でジュリアのメンバーと出会いました。
そして面接が終わった時、心のもやもやがすーっと無くなりました。
そして、自分にこの選択が間違いじゃない、正解だ!
と思って入社させていただきました。
僕、これからの人生かけてますから。
僕の気持ちを1日で取り除いてくれたメンバーに感謝してますから。
こんな会社無いと思います。
ジュリアの面接では、初め、いつもと同じようにうそを言いました。
そうしたら、社長は、「もういいよ、ありがとう」と、
面接は短時間で終わりそうな雰囲気になってきました。
それで、「このままでは自分はダメになる!」と思い
勇気を持って本当の話をしました。
手の震えが止まりませんでした。
そうしたら、なんと
初めて会う副社長の「かさじゅん」さんが涙ぐんでいます。
そして、社長の森さんは、その場で「かさじゅんを感動させたから採用!」
と言われました。その場に一緒にいた富永専務や全員の方が
OKって言っていただけました。
すぐには信じられないできごとでした。
ただただ、涙がでました。
「何か隠してるとわかったから、残念だけど、もう終わろうと思ったよ。
よく言ったね、えらいえらい」って、
森さんはその後でおっしゃいました。
かさじゅんさんが泣いてくれなかったら
今僕はジュリアにいなかったと思います。
だから、かさじゅんさんをもう泣かせる訳にはいかないのです!
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すけちゃん、僕らと出会ってくれてありがとう
もうみんな祐ちゃんの事をジュリアの家族だと思っているよ。
祐ちゃんは今、無理無理、単身で名古屋の実家に住んでいます。
東京から「やりたい事をやってね」と、名古屋へ送り出して頂いた
心の広い奥様に感謝です。
奥さんと早く一緒に住めるように、考えようね。
2週間ほど前、近所の「ひらばり眼科」さんで、レーシックを受けました。
なんと片目5分の手術で、僕の超近視が・・・
左目 0、1→1、2
右目0、02→1、0
になっちゃったんです。
先生の話によると、3ヵ月後には更に1ランク
両目、上がって1、5と1、2になるそうです。
もうバンザイ三唱ものです。
左右の視力差がなくなって肩こりは和らいだし、
メガネなしでバイクに乗れるし、
僕には切っても切れないと30年間諦めていた
メガネちゃんとさようなら~です。
僕以外にも、この手術をやろうか迷っている方も多いかと思います。
両目を切るので、絶対信頼できると思える病院じゃないと
なんとなく踏み切れないものですよね。
今日はこのへんのお話をしたくて書きました。
僕が「ひらばり眼科」に決めたポイントは、3つでした。
1、絶対に信用する友人が、「良かったよ~」と紹介して頂けた。
2、実際に説明を聞いてみて、技術力が高そうだった。
3、顧客(患者?)満足度が完璧で、ここでお金を使いたくなった。
3の顧客満足について、ですが、すごかったです。
全てが客(患者?)の立場で説明され、、
不安に対するケアが完璧でした。
押し付けもせず、3回も通った検査の最後で
「不安でしたらやっぱり今はやめてもいいんですよ。
ここまでは無料なんですから」
またとても気分良く、説明を聞きながら
検査~次の検査~手術へと安心して進めました。
技術の説明で安心させようというのではなく
検査が進むごとに、「ここは安心だなあ」という気持ちが
僕の中で増して行きます。
術後も、「近くが見にくい」などの問題がありました。
でも、「これで正常なんです」と説明を受け
今後視力がどうなっていくか、など
丁寧に教えて頂いたとおりに回復していくので
不安はとても小さくすみます。
眼球の手術という、究極、不安の塊のような業界で、
とてもいいサービスの勉強をさせて頂きました。
患者の立場では、技術力はあくまで、「高そう」としか言えません。
本当のところは、今でもわかりません。
と、なると病院選びは、完全にサービス重視となりますね。
「ひらばり眼科」は、僕の紹介カードを持って行っていただくと
手術当日までの検査が全部サービスになります。
つまり、そこで止めれば無料です。
名古屋近郊の方、ご希望があれば、僕に言ってくださいね。