
尊敬する京都の出路社長の講演会に行ってきました。
「スピンズ」という服屋さんを全国に展開する社長さんです。
ここは、ものすごい会社で、語りだしたら本が書ける程で・・・
って、僕が書かなくても、実際に本が出ています。
その講演の中での聞かせていただいた素晴らしいプランをぺロッと頂いて、
ジュリア全員が集まる研修の場で、うち風にして話してみました。
内容は・・まずうちの「背景」から
●ジュリアスタッフには、シングルマザーやバツイチの女性が多い
●「お一人様の老後」という本を、僕が知っているだけで5人も読んでいた。
●40代にもなると、「もう長くここでは働けないのでは?」と不安になる
と、スタッフの方たちが思っている事がわかった。
そこで、3つの「夢」を用意しました。
1、会社で田舎に水田や畑を買って無農薬の農業をし、希望者がそれをやる。
スタッフは都会の会社を引退した後、土のあるスローライフを送れる。
作物は、会社へ運び、スタッフや周りの方に販売する。
2、スタッフは、ジュリアで磨いた接客技術を活かし、
そこに、旅館やいろんなお店を開いて、地域に貢献する。
3、名古屋の本社の近所に、託児所を作り、スタッフは就業時間内、無料で子供を預けられる
また、そこでは、子供に夢を語るようになる情操教育をする。
ジュリアは、小さい子供がいても、仕事で夢を叶えられる環境を用意する事で
顔晴って社会参加したい女性を応援したい。
これらをしゃべったら、スタッフ達の反応に超ビックリ!!
●私、真っ先にそこへ行く!
●そこは、「ジュリア村」にしましょう!
●オレ、村長やって、子供に昆虫教室開くよ。
●温泉があるところにしよう!
●私、田舎におじいちゃんの山があるから使って!
●私の実家の村に「ジュリア」がやってきて、村おこしして!
●そこで採れた米と野菜だけで、カフェをやろう!
●ソフト部門(IT系)は、ネット回線さえあれば、会社ごと田舎へ行くよ!
●そんな未来があるなら、ジュリア、辞めるの辞める!
●託児所やるのが、私の夢だったんです!
意見がどんどん出るわ出るわ。
私も、オレも、年を食ったらそこへ行く!と大反響!!
みんなぁ、そんなに田舎暮らしがしたいのかい・・・
僕は、地下に駐車場のある、都会の高層マンションの方がいいんだけど・・
まあ、やりたい人に田舎は任せるよ。
と、いうわけで、ボソッと言ってみただけなんですけど、
本当にやる方向へ一気に、なだれ込んで行きました。
20年も昔、スタートした頃、23才の森は、
独立して食えるようになるのに必死でした。
お金がなくて、支払期日が迫ってきて、「自分が自分が!」と
命がけで、お金を追いかけてばかりの毎日でした。
40を過ぎた今、考えが変わってきました。
この「田舎&託児所プラン」が実現すると、みんな喜ぶんだろうなぁ。
誰が誰に「ありがとう!」って言うのかなぁ。「笑顔」に変わるのかなぁ
そんな事を思ってみると、自分に力が沸いてきます。
また、リーダーと経営者を育てる「使命」をひしひし感じます。
みんなの力があれば「夢」は実現します。
僕の周りは、すごい人ばかりです。
★2015年、ジュリアは食料自給率100%の会社になります★
![]()
![]()
![]()
きのうの朝、スタッフの「まき」が逝きました。
2年間の苦しい闘病から開放され、彼女は一番欲しかった
「自由」をようやく手に入れたのではないかと思います。
でも、今お葬式が終わり、僕も自分の感情に焦点が当たると
急に、愛する妹を失ったような悲しみに襲われます。
お葬式では、弔辞を読ませて頂きました。
弔辞なんて、先日のタモリさんのスピーチしか
聞いたことがありません。
やってみると、まるでうまくしゃべれず
聞きづらいものになってしまいました。
皆さん、申し訳ありませんでした。
今は、まだ「まき」について何をお話したらいいのか
わからないので、直前30分で考えた弔辞の原稿を
そのまま書かせていただきますね。
弔辞
ここでは生前のまま「まき」と呼ばせていただきます。
まきは、職場でも遊びでも、みんなのアイドルでした。
彼女の笑顔や歌やギャグは周りを明るくしました。
出会った頃から、仲間の末っ子の妹でした。
病気になってから、お見舞いに行っても
たくさんのお友達に囲まれ、なかなか2人で
お話することができなかった程です。
まきは目標に、「経済的な自立」と、「親孝行」を掲げて
仕事に励んでいました。
なのに病気になり、ご両親のお世話にならなければならない
事をとても悔しがっていました。
今春、一緒にハワイへ行った時も、
「私のお金で買える、お父さんの大好きなダンヒル」を
まる1日探しました。
数日前、主治医の先生がおっしゃいました。
「今のまきちゃんの頭痛は、骨折に耐えるほどです。
こんなに生命力の強い方を私は見たことがありません。
感動しています。」
この頭痛と肺がんによる苦しさを、私たちが飲むのと同じ頭痛薬で
がんばりました。治るつもりなのでモルヒネを拒否し続けたのです。
そして、満面の笑みで家族にお礼を言い、天に召されました。
お父様がきのう、お通夜の後、ボソッとおっしゃいました。
「私は中学生の時、母を亡くしました。その時は真っ暗になり
天地がひっくり返るほどの悲しみでした。でも今はもっと悲しい・・」
32歳の娘さんを亡くされたご両親の悲しみは
想像に余りあるものと、お察しします。
まき・・・天の上から、まきがしたかった親孝行をしてください。
お父さんとお母さんを守ってください。
そして、もうすぐ産まれて来る、君の妹くみちゃんの
お子さんをしっかり守ってあげてください。
平成20年9月7日 株式会社ジュリア 代表取締役 森 正弘