
6月の中頃、我が社にイケメン「ヨッシー」30才が入社しました。
彼は、面接の時から明るく、会話も歯切れ良く、さわやかでした。
「カフェの店長をやっていた」
「アパレルのお店作りもできますよ」
と、上手に語るのですが、
人を見下すような、「イケスカナイ」感じが少し気になりました。
さて、実際に仕事を始めてみると、
さすがに要領良く仕事を覚えていきます。
でも、期待した「一所懸命」のようなものを感じられず
なんだか、不機嫌そうです。
それから2週間が過ぎて事件がおきました。
先輩と意見がぶつかり、自分の主張をしています。
僕は、彼を喫茶店に呼び、話しました。
「今のよっしーの半端な気持ちで半年かかって、
ようやく覚えられる仕事は、君が本気で将来をかけて取り組んだら
2週間でマスターできるのに・・」
と僕は言いました。
それから彼はかわりました。
会社に戻ると、いきなり先輩2人に、
「申し訳ありませんでした。仕事を教えてください」
と、涙ながらに謝りました。
彼は人が変わったように素直になり、ずっとにこやかです。
毎日、夜遅くまで新しい仕事の勉強をし、先輩に頭を下げ
お客様にも真剣に対応します。
先輩も、その変貌ぶりに戸惑います。
1週間たって、体を壊しはしないかと心配になった僕は、
再び彼を食事に誘い、話を聴きました。
「もりさん、2週間で半年分覚えろって言ったじゃないですか!
そのつもりで1週間たちましたよ、まだまだですけどやりますよ!
2週間の所でこっちから電話しようと思っていました。」
驚きました。すごい人だと思いました。
それから更に1週間たち、きのうでちょうど2週間です。
彼の仕事に対する姿勢は、今も続いています。
先程、よっしーから、メールを頂きました。
「申し分けありません、約束は果たせませんでした。
自分では評価できません、でも、できてない事は確かです」
とあります。
そのメールには、1年後までにやる目標が明確に書かれており
この仕事で見つけた生きがいや未来への自信も書いてあります。
よっしーは、この2週間でビックリするほど成長しました。
多くの知識を身につけました。
セミナー講師も汗をかきながらやりきりました。
お客様ともたくさん話しました。
よっしーは、ビジネスコンサルタントになりたいそうです。
任されたカフェを経営不振で潰してしまった経験があり、
自分の何がいけなかったのか、どうすればいいのか、わからない。
どこかで本気で勉強し、経営者に尽くしたいのだと言います。
入社1ヶ月で、自分の未来の目標がはっきりし
そこに向けて、イケメン男30才の本気の挑戦が始まった。
よっしーは僕との約束を果たしました。
「2週間で未来が変わった。」充分、半年分の仕事です。
最近、仲間から聞いたところによると、
よっしーの奥様が、重い病気にかかって手術したそうです。
4才のお子さんもいて、家庭は今、とてもたいへんな時です。
よっしー、無理しないでくださいね。あなたが今、倒れてはいけません。
あなたは、10年後、たくさんの経営者に頼られる
素晴らしいコンサルタントになっているでしょう。
才能ある素晴らしい青年が、
人生の切り替え時に僕らと出会って頂けて
ジュリアを選んで頂けて、
一緒に勉強して成長していけるご縁に感謝します。
ありがとう
(187cmイケメン顔写真は、明日アップしますね。)
僕が中学3年の時の昔話をしますね。
僕は、めちゃくちゃ自分勝手でした。
受験する高校を選ぶ時、こんな選択肢でした。
●両親が希望するA校は、受からない可能性がある
●興味のない電気科B校なら間違いなく受かる
迷わず僕はB校を受験しました。
その頃、両親は僕に、こんな嬉しい約束をしていました。
「入学金の安い公立高校に入ったら、落ちても私立に行ける様に
貯めたお金で、ステレオを買ってやるからがんばれ」
僕にとっては、高校の種類よりもステレオの方が大事でした。
両親の希望する学校に挑戦する気など、まるでなく、
間違いなくステレオが手に入るB校にあっさり決めました。
そして、その日からステレオのカタログ集めと
入念な予算の計算をしました。
家にいつも来る電気屋さんには、
「合格発表の日に全部納品してください」
と、発注しました。
当日、電気屋のおじさんは、次々にダンボールから出し
並べ終わるとこう言いました。
「なあ、マサヒロ君よ、あんた心臓に毛がはえとるんか。
黙って聞いてりゃ、次々と好き勝手、予算いっぱいに注文して・・・
この金額を貯めるのに、君のお父さんがどんな苦労したか知らないだろ」
同時に、頭を「コン」とこつかれました。
両親の期待を裏切って、低い高校を選び
当然の権利だと思って、親の大金を使った。
僕は、なんて勝手な事をしたんだ・・・
後悔で泣けて泣けて、その晩は、眠れませんでした。
あくる日、電気屋さんに返品をお願いしてみましたが
やっぱり無理でした。
「この事は忘れたらいかんよ」と言われました。
でも、中学生の僕は、その時すぐに両親に謝る事はできませんでした。
そして最近、両親とゆっくり話す機会があり、
電気屋さんにお叱りを頂いた事と
自分勝手をようやく詫びる事ができました。
28年かかりました。
「いや約束したのだからいいよ」という両親と、
商売でありながら、本気で僕を叱ってくれた電気屋さんに
心から感謝しています。
今、僕は経営者、またはコーチ、講師という仕事の中で、
よくこの電気屋さんを思い出します。
僕は、あんな風に人に真剣に取り組めているだろうか
僕は、あんな風に愛情を持って、人に接しているだろうか
先日の秋葉原のような事件が起きる現代、
僕のような、感謝の足りない自分勝手な人が増えています。
電気屋さんのご恩を、次の代に返して行きたいと思っています。
「ヘキサゴン」というクイズ番組が流行っています。
何と、出演者から2組のグループがCDを発売し、
両方とも、ヒットチャートの上位に上がっています。
この2組は、「おばか」が売り物です。
すごく簡単なクイズ問題を実に気持ちよく間違えます。
TVで「ヘキサゴン」を見ている人は、きっと自分が
天才になったように心地良いのではないかと思います。
一方、「アタック25」というクイズがあります。
もう何十年もやっている長寿番組ですよね。
でも僕には、問題が難しすぎです。
東大卒のクイズ王のような方が挑戦します。
とっても勉強になります。
昔は、クイズはだいたいこうでした。
考えてみました。
僕らが子供だった30年前、高度成長期の日本で、
ヘキサゴンは流行っただろうか。
おバカ出演者を見て、優越感に浸っただろうか。
「アタック25」~「クイズダービー」~「平成教育委員会」
自分より博学な解答者に憧れたのではないか、と思います。
と、こんな風に考えてみると、
現在の成長著しいパワフルな中国や、
子供たちが2桁で九九ができるというインドでは
ヘキサゴンで、人が笑ったりしないのでしょう。
逆に、R18指定になるかもしれません。
そういえば、「8時ダヨ全員集合」と「ゲバゲバ90分」は
バカになるから見るな(笑)と
いわれていた事を、思い出します。
夢があり、未来に希望があると、
人は「今はまだまだ未熟だ」と感じ
「もっと上を見て勉強しよう」と思います。
逆に、はっきりした夢がなく、その日暮らしだと
「今日が楽しければいい」「自分はあの人よりは、まし」
という考えになります。
そこで、「おばか番組」が流行ります。
これが、21世紀の日本なのでしょう。
私の大師匠「伊吹卓」は「バカになれる人ほど人望がある」
という本で、100万部のベストセラーになっています。
実は、「お店のスタッフが、おバカになってお客様を楽しませる」
そんなお店が、今ものすごく流行っているのです。
おバカになるといっても、仕事はきちんとします。
バカになって、お客様の話を徹底的に聞くスタッフがいたり
スタッフがエンターテーメントでお客様を楽しませたり
お客様を友達のように巻き込んで、お店ぐるみで遊んだり・・・
あなたの近くにこんな繁盛店は、ありませんか?
時代は、サービスをお客様は求めているようです。
ただ日本を嘆いているのではなく
これを、ビジネスチャンスとして考えるとどうでしょう。
ディズニーランドは、今年も超満員です。
あなたの会社を流行らせるヒントになれば幸いです。
あ、そうそう読んで頂いたありがたいあなた!
今日から、この下に「感想ボタン」がつきました。
ご意見でもいただけたら嬉しいです。
きのうは「石黒先生デイ」でした。
名古屋の森オフィスには、毎月1回超能力者がやってきます。
ウソだろって思いませんか。
本当です!
すごい占い師「石黒先生」です。
石黒先生との出会いは、僕が独立して間もない
24才の時ですから、もう20年のお世話になっています。
初め、仕事で、そんな方とは知らず、ご自宅へお邪魔したら
いきなりこう言われました。
「君は頑張っているけどお金がなくて相当、困っているでしょ。
未来は、ちゃんと社長になるから大丈夫だよ。」
いきなりズバッと当たってる事(前半)を言われて、
気持ちが、ヘナヘナ~ッって崩れたのを覚えています。
また、こんな事も言われました。
「君のアパートの玄関に【やり】が立っているでしょ。
客商売の人が、玄関にそんな物を置いては、いかんよ。」
僕は、「はあ・・、【やり?】ですか。持ってないですよ。」
これで、その会話は終わりました。
で、その日アパートへ帰って扉を開けてみると・・・
な、なんと【やり】らしき物がそびえたっていました。
スキー板でした。確かに【やり】っぽい・・・と
すぐにかたずけました。
他にも、霊視して、絵に描いてもらったとおりの場所に
見つけられなかった身内のお墓があったり、
病人が出続ける家庭を、ちょっとした家相的な変更で
健康にしてしまったり・・・とにかくすごいお方です。
きのうは、例の肺がんの
「まきぴょん」と「まきぴょん母」がお客様でした。
石黒先生に治療法などの相談をしていると、
こうおっしゃいました。
「田舎の古い大きな家が、ふっと瞬間見えた、
離れがある家だよ。
それと、両側が山で、谷間に温泉がある。
その温泉にゆっくり入って、水をいっぱい飲むといいよ。」
「まきぴょん母」は、ピンときたようでした。
「おばあちゃんの家です!ずっと気になってたんです
恵那市の【ろうそく温泉】っていう所です。
おばあちゃんは、私やまきを気にしているはずですし・・・」
僕は、横で話を聞きながら、
パソコンで「ろうそく温泉」を検索してみました。
そうすると、
「がん治療に・・・」「ガンに効くラジウム泉」「ガンが治った!」
と、がん関連の記事が並んでいました。
そういうわけで、まきぴょんはGWから
温泉湯治ライフが始まるようです。
他にも、まきぴょん親子は時間いっぱいまで、
石黒先生たくさんの事を教えて頂きました。
僕のここまでの歩みは、石黒先生のアドバイスを
なくしては、語れません。
時に、その教えに背くのですが、やっぱり結果は
ほとんど、当たってしまいます。
「森は、これらを何度やってもうまくいかないよ」
と言われているビジネスがあります。
1、お役所がらみの談合ビジネス
2、ピンク、風俗系ビジネス
3、株、先物などのマネーゲーム
でも、懲りずに、うまく行きそうな時に、(内緒で)
3つとも、何度もチャレンジしてみます。
一度も、儲かりません!!!!大損に終わります。
どうやら、地道に実力を磨くしかないようです。
超能力の他にも、こんなアドバイスもありました。
僕が、28才くらいの頃です。
事業がうまく行かず、完全に行き詰っていました。
「もうだめかも」って真剣に思い始めていました。
そんな時に、先生に相談しました。
「先生、どうしたらいいのかわかりません。
先生が「いい!」といわれる事をしますから、
何をしたらいいのか教えてください!!」
石黒先生はこう答えられました。
「今すぐ、会社をたたむ事だな!!
だいたい、そんな事を占い師に聞いて
そのとおりにするなんて、社長として失格だ!
森が、判断をしなさい!来年の2月からは良くなるよ」
この時は、これだけしかお話を頂けませんでした。
でも、社長業という物を考えさせられました。
その後、何度も困った時に思い出した大事な教えです。
「感謝する心」「リーダーシップ」「お金について」
「未来の世界や気候」「先祖や親との繋がり」・・・・
20年の間に、数え切れないほどの教えを頂きました。
そして、次回先生にお会いできるのは、
5月26日(月曜日)です。
朝10時から夕方16時まで、
7名のお客様に会っていただけます。
僕は、周りの大切な方にご奉仕のつもりで、
この機会を提供する占いの会を15年続けています。
毎回、満員です。
次回は、今日現在、夕方が3コマ空いています。
料金は 45分間で 5000円です。
場所は、名古屋市天白区の僕のオフィスです。
ご希望の方は、僕にお気軽にご一報くださいね。
古い話ですが、24~5歳の頃、
僕は安いスポーツジムに通っていました。
ひと通り、運動してサウナで座っていると
となりで汗をかいている「おじさん」が
話しかけてきました。
おじさん 「君は何の仕事をしているんだい?」
もり 「独立してるのですが、まだまだ食えない状態です。」
その後、お互いの仕事のお話をしました。
サウナですから、そう長い時間じゃありません。
おじさんは、老舗の着物屋さんの社長でした。
おじさんはこうおっしゃいました。
「あさって、お昼の2時、名古屋東急ホテルの
スポーツジムに来られないかい?
私は会員だから入れてあげるよ。」
なんだか解りませんが、ありがたくOKしました。
実際に行ってみると、高級な受付カウンターの女性が
「伺っております、どうぞ」と分厚いバスタオルなどを貸して頂け、
ロッカーに案内されました。
それはもう、超高級、プールも、水の透明度が違いました。
マシンも磨いてあり、動きもスムーズでした。
インストラクターもみんな笑顔でした。
「すごい、名古屋のお金持ちはここでトレーニングしてるのか・・・」
サウナで、またおじさんと会い、お礼を言いました。
おじさんはその日は、一言しか話しませんでした。
「いつかここの正会員になれよ。
君は、いつまでもあそこに居てはいかんよ。
頑張って、成功しなさい」
その後、おじさんとは一度も会っていません。
あとで、御礼をするということも当時の僕は
知りませんでした。
初めて会った若造に、高級な世界を見せて
「頑張ってこっちへ来い」とエネルギーを与える。
あまりにもかっこいいじゃないですか。
このできごとは、食うや食わずの僕にとって、
大きな力になりました。
そして、5年くらいたって、僕は入会金40万円のジムに
入りました。まだ、バブルの匂いが残る頃の話しです。
その、おじさんにもう直接お礼は言えない、
と思っています。
そして、僕も40代の・・・どうみてもおじさん。
娘に大学生の彼氏ができました。
そこで、就職を控えたその若者を先日
娘と一緒にハワイへ連れて行きました。
その若者は、海外旅行は初めてです。
「娘と二人分、旅行代は出してあげる。
でも現地での行動とお小遣いは自分たちでやりなさい」
というふうにして、1週間放っておきました。
帰りに「どうだった?」と聞くと、
「はい、楽しかったッスヨ」
まったくもって、つまらない答えです。
でも、若者とは、まあこんなもんだと思います。
さて、若者がこの経験を、近未来にどう活かすか、
または「連れて行ってもらったハワイ」
で終わりか、
☆本人の自由です。
そしてきのう、わが社のスタッフが
こんな事を言っていました。
「○○さん(専務)と東京へ行ったんですけど、
予約して頂いたホテルについてびっくり!
なんと「××ホテル」なんです。
あんな素敵なホテルに初めて泊まりました。
朝食も信じられないくらいおいしかったですよ!!
その時出た、生のいちごジュースの味といったら・・・・」
どうやら、ゴレンジャー(うちの役員)も、
僕と同じ事をやっているようです。
未来の経営者たちに、おおいに期待しています。
先日、うちのスタッフの方と話していて
こんな質問をされました。
「森は、嫌いな人と、どう付き合ってるの?」
僕は、思ってもみない問いに困りましたが
なんとか答えました。
「1年に1回だって嫌いな人と話す事なんてないよ。
そんな人、周りに一人もいないもん」
その方は、こう言われました。
「うそでしょ?嫌いな人がいない・・そんな事ってある?
森は、誰でも好きなの?」
「いやいや僕は好き嫌いは激しいし、はっきりしてるよ。
ただ、好きな人だけで困らないように、毎日成り立ってるんだ。」
当たり前の事に見えますが
家族も、ゴレンジャー(ジュリアの役員達)も、スタッフ達も
福井の先生達も、仕事仲間も、友達も、水曜会の方たちも
バイク仲間も、みんな大好きな人達ばかりです。
愚痴など、一つもありません。
でも、よく思い出してみると
25年前はそうじゃなかった気がします。
一緒に暮らす親に不満。
友達には裏切られる・・・のに、また一緒にいる
上司は、変えて欲しいと思い
彼女とけんかばかり・・・なのに、また一緒にいる
何が、どう変わったのかは解りませんが
今は、自分で選んだ人達と、毎日ニコニコ
楽しく暮らしています。
先日、ある方と「食事をしながら打ち合わせをしよう」
という事になった時です。
僕は、一生懸命に話しながら、食べました。
食べ終わって、一息つきました。
そして、デザートに手を伸ばした時!!
そこにあったのは、「茶碗蒸し」でした。
びっくりです。・・・あれ?なんで?
その方が関西弁でおっしゃいました。
「いやあ、森さん、ご飯と一緒にプリン食べはるんや、
思て、眺めてましたわー。
名古屋の人は、変わった事しはりますなあ」
僕はどうやら、茶碗蒸しだと思って、
ご飯と交互にプリンを食べていたようです。
老人ボケにしては、僕はまだ43です。
「こんなアホと、よくもみなさん付き合って頂けるわ!」
と思いつつ、
何もできない僕を支えて頂いているたーくさんの皆様に
大感謝です。
そして、ここまで読んで頂いた
「あなた」の事が大好きです。
奈良遷都1300年祭のキャラクターが話題になっています。
どうやら名前は、せんと君に決まったようです。http://www.1300.jp/
この子を初めて見た時は、正直、失礼ながら笑っちゃいました。
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奈良市民は、「子供が泣く!」と大反対、
商店街も反対、地元のクリエーターたちは「代案を出す」と意気込み
寺院の集まりまでも「仏の修行をする子供に角とは何事じゃ!」
と、大騒ぎ。
テレビでは、テリー伊藤さんが「ヌルッとしてるから【ヌル坊】」
などと、名前をつけていました。
しかし、主催者は「これでいいのだ!」と意地っ張り。
立場上、引っ込める訳には行かないようです。
なんでも、話題の「せんと君」は
お役所が指示し、歴史の大学教授がデザインして
作ったんだそうです。
このニュースを見ていると、
もう10年近く前の、加納光先生との出会いを思い出します。
加納先生: 君の会社の【ロゴ】には、どんな意味があるんだい?
森: 「○○××・・・」当社のこんなポリシーが込められています。
加納先生: へーっなるほど、このロゴを見ると、お客さんは、
そのポリシーを感じるっていうわけなんだね。
森: えっ? うちの中身を知らないお客さんは、
わからないからそんな風には感じないでしょうねえ。
加納先生: じゃあ、社長の自己満足なんだ。
森: ・・・・・・
加納先生: 【コカコーラ】のロゴを見てごらん。安心感がないかい?
【ユニクロ】や【無印良品】のロゴを見てごらん、
製品やお店のイメージがわかないかい?
森: なるほど、はっきりとイメージできますね。
加納先生: 一度、君の会社のロゴをどう感じるか、
お客様に聞いてみようか?
森: ・・・・・
お客様に聞きながら、会社のロゴを作るという発想は
ありませんでした。
また、こんな事も聞かれました。
加納先生: 君のお店はお客様は充分いるかい?
森: お得意様はいますよ。でも新規のお客様が少なくて・・・
加納先生: つまり常連さんは、君のお店の事が好きなんだね。
森: そうです、そのとおりです。
加納先生: 「好きになる」と「ものを買う」とどっちが先だと思う?
森: そりゃ、「好き」になってから、「買う」んじゃないですか?
加納先生: 君のお店は、「買ってる人は好き」って言ったよね。
・・・逆じゃないか?
それじゃ、お得意さんは増えないよねえ。
森: 加納先生!どうしたらいいんですか?(すがる目)
その時、加納先生のコンサルと、セミナーを受ける決心をしました。
あれから、8年、僕らの会社のメンバーは、
先生のセミナーを受けまくりました。
いつしか、「弟子」とか「マネージャー」という風に名が付き、
一緒に会社を作りお仕事までさせて頂く【はめ!?】になりました。
僕は、伊吹流「商売繁盛の2大秘訣 苦情報・着眼法」を
会得できたのだろうか。 まだまだ、おおいに疑問です。
「自分はこれでいいと思うが、お客様からはどう見えるのか」
これは、じっと会社で考えていても、決してわかりません。
頭を下げて、「教えてください」とお客様に聞く!しかありません
お役所と、学者さんは「おえらい」方なので、
決して人に聞いたりできません。
多分それが1300年の歴史でしょう。
僕らは、「士・農・工・商」の中で、一番下の「商い」ですから、
プライドを捨て、アホになってお客様に聞いて回ります。
でも、ちょっとうまく行くとすぐに「できる気」になって
謙虚さを忘れてしまいます。
社長業は、叱られる事の少ない孤独な仕事です。
加納先生、また怒鳴ってくださいね。
どうも最近
☆お客さんが少ない、
☆商品開発でヒットが出ない
☆部下育成がうまくいかない
というあなた、
僕のブログなど読んでいただいたのも
何かの縁かも知れませんよ。
「商売道・伊吹流」の門をたたいてみてはいかがですか?
僕も、40代になって、何かと「考え方」が
変わってきた事があります。
前は、諸先輩方がおっしゃる「今の若いもんは・・・」
という言葉に抵抗感がありました。
「僕らが若い頃だってそうだった。初めから出来た訳じゃない、
何もできなかった頃を忘れてるんだ」
って、その言葉を聴くたび、思いました。
「なんとかっていう古代洞窟の壁画にも、【今の若いもんが・・・】
って書いてあったそうですよ」
なんて言っていました。
でも、今の若者は、本当に昔と違うんだと、思うようになりました。
子供の頃、ピンクレディーの「透明人間」っていう歌が流行りました。
「透明人間あらわるあらわる~うそを言っては困ります、
あらわれないのが透明人間です」
いつか透明人間はできるのだろうか、
透明になったら、まず何をしよう・・・ウヒヒヒッ
自分が透明になる事への憧れが、
大ヒットに繋がったんだと思います。
これは、僕だけの妄想ではないと思います。
その証拠に、当時そんな漫画や映画もいっぱいありました。
でも、実際には一度も透明になれませんでした。
僕らは、全てに記名し写真を載せ、その上で自分の意見を言い
その意見や行動に責任を持つことを、学んできました。
一度、名札をつけて口から出た「言葉」は、
二度と消し去る事はできず、
その言葉で、仲間を守り、時に戦い、お礼を言い、
後悔し、非を認めて、お詫びもしました。
今の若者は、実際に「透明人間」になろうとします。
写真は「プライバシー」という名で断り、
無記名で、攻撃します。
あくまで当事者としては、無口で静か、行動はせず
それがハンドルネームで傍観者、評論家になると
俄然、はっきりした意見を言います。
透明人間リアルにあらわるです。
去年、上記のような意見の言い方をしたスタッフに、
僕はこう言いました。
「この会社は社員の意見を聞かない役員はいないはず。
会社は君の意見が聞きたい。
採用してもっと環境を良くしたいんだ
みんなが君の話を聞きたいと思っているよ。
是非、会議の場で話して欲しいな」
彼は、その後一度も役員と意見を交わすことなく、
「うつ病」の診断書を出し、長期休暇に入りました。
立派な大学院卒の方です。
そういえば彼も、顔写真を拒否する人でした。
ブログの炎上も、学校裏サイトやいじめも、「うつ病」の急増も
自殺の増加も、無関係ではないように思います。
本当に「透明人間」がたくさんいる世の中では
「透明人間あらわるあらわる」はヒットしませんね(笑)
何年か前、宮崎アニメに「顔なし」というキャラがありました。
これも時代を意識したものでしょう。
21世紀の「顔なし君」たち、
現代の自由主義社会では、
努力して夢を実現させても
誰にも、とやかく言われません。
お年寄りになるまで「顔なし君」でいくつもりですか。
そろそろ、向かい合って話しませんか?
今の時代、「記名」、「顔写真」、「責任」付きで、語れる事は
若者にとってそれだけで、立派なブランドかもしれませんよ。
ジュリアグループ(うちの会社)のゴレンジャーの一人
カサボン(本名、笠井)を紹介します。
ジュリアでは、アホ役員が五人いて、ゴレンジャーと呼んでいます。
彼は、(有)ジュリアモータースhttp://www.julimo.com/
の専務取締役です。
毎日、原付バイクの販売、買取をするお店の店長でもあります。
今日、彼とお茶をしつつ、話しました。
いつも思うんですけど、いい奴です。
カサボンは最近、スタッフの皆に、
「将来どうなりたいのか」聞いているんだそうです。
スタッフの一人「ミズノン」は、沖縄に移住する夢があるようです。
そうすると、彼は、「じゃあ沖縄で【レンタルバイク屋】でもやるかぁ」
と言って、二人で真剣にそのプランニングを始めます。
移住の資金いくら必要で、どんなスキルがあれば実際に
沖縄で商売をし続けていけるのか・・・
また「ハルカワ君」は、前回、途中で諦める事になった
「オーストラリア一周バイクツーリング」を成功させたいようです。
これも、素晴らしい夢で、カサボンは「応援したい」と話します。
「じゃあ、カサボンの夢は?」と僕が聞くと、彼はこう答えます。
名古屋周辺に、大型店の「ジュリアモータース」が3店舗
くらいあってさ、地域の方々に長く愛され続けて
スタッフが次々に人間的に育って、夢を叶えていく・・
そんな会社の現場のトップかなあ。
俺は20代で、人生の堕落をやりすぎたから
それがいいよ。
といいます。
人として、素晴らしすぎます。
彼と、スタッフたちは、毎週土曜日、元気に
ジュリアモータースのご近所一帯を清掃しています。
そして毎日のお店の営業の中で、彼は、この夢に向かって
実際に2店舗目の出店を計画しています。
ある時、ジュリアモータースで、
中古の原付バイクを買った少年が、買ってすぐに
そのバイクを今度は「買取」に持って来ました。
カサボンは少年に「何かあったのかい?」と聞きます。
すると少年は
「実は彼女に子供ができちゃって・・・おろすにしてもお金が要って」
と言うのです。ちなみにこの時、少年17才、彼女15才!!!
店長カサボンは、
「よし、このバイクは俺が預かって、金は俺が貸す。
バイクがないと困るだろう。早くお金を作って取り返しに来いよ。」
と、この男気まではよくあるお話なんですが、続きがあります。
「おまえ彼女を好きなのか!
おろすとは何事だ!!!
産ませろ!人の命だぞ!!
金がない・・・だ?
ばかやろう働け!
そうだうちで働け!
バイトしろ!
バイクを磨け!
そして、少年は、ジュリアモータースでバイトを始めました。
一見、どうみても悪そうな、ヤンキー鼻ピアス少年です。
それから、半年・・・
少年は、来月パパになります。
そして、本人の希望どおり、正社員になって
工場で、バイク整備とスキルアップに励んでいます。
話は、カサボンに戻ります。
カサボンと僕は、同じ年で20年ほど前に知り合いました。
24才の時で、彼は【魅力のあるカッコイイだめな奴】でした。
動きがかっこ良くて、口は達者、優しくて、女にもてるけど
都合が悪いとすぐにパチンコ屋へ逃げちゃう・・・・そんな人でした。
イメージ的には、子供の時にドラマで見たダンディーな
「沢田研二」みたいでした。
(これが解る人は、40代以上ですね。)
うちへ遊びに来いって言われてお邪魔してみると、
整頓されたおしゃれな部屋で、彼がエプロン姿で出てきて
から揚げとかご飯を見事に作っていて
驚いた記憶があります。(女にもてる奴はこうなのか・・)
そんな、ヤサダメ男と、超、自分勝手な僕ですから、
何度もケンカし、お互い3年くらい無視し続けた事もあります(笑)
でも、30才手前からは、一緒に会社をやってきました。
ここまでの道のりでは、何度も会社が潰れそうになったり、
ある時期、例の「ダメ男」が顔を覗かせたり、
本当にいろいろ、平坦じゃありませんでした。
今、スタッフたちの「頼りになるアニキ」に成長した
カサボンにはもう、あの「ダメな奴」の影はありません。
きちんと経理から出てきた表を見ながら、
細かく経費節減したりしています(笑)
「変わったな・・・」
って言ってみました。
「年食ったしな。逃げると、いつも結局自分のところへ来るんだ」
彼は今日も、ニコニコしながら、お客様の相手をしています。
人は成長、進化していくものですね。
僕は、「ダメな奴」のカサボンが好きだったのなあ・・・
って、ちょっと思います。
また、けんかしようぜ。
20泊のハワイから名古屋へ帰ってきました。
無理やり10日間のハワイへ連れ出したまきぴょんも
たくさんの方のお陰で、いい思い出ばかり持って
無事、帰ってくる事ができました。
(ハワイのお母さん、忍さんとまきぴょん)
考えてみれば、まきぴょんの為に仕組まれていたような旅行でした。
彼女が抗がん剤2クール目が終わって
とりあえず退院の日が来ました。
それは、僕のハワイ行きの日程に、合っていました。
キャンセル待ちの絶望的なJALが、僕が出発の日にとれました。
ハワイで、病院や緊急時に頼りになる日本人の佐藤さんに出会いました。
佐藤さんに紹介された女性、忍さんは、まきと同じ病気を克服されて、
30年ピンピンしていらっしゃる方でした。
更に、忍さんのお孫さん25才も8才の時、ガンで、完治していらっしゃいます。
そのお孫さんも偶然里帰りしていてお会いする事ができました。
他にもハワイに住むたくさんの皆さんに千羽鶴や手作りのレイと
元気で長生きパワーをいただきました。
みんなで、まきの大好きなカラオケに2度も行けました。
天気も良く、まきぴょんは、エメラルドグリーンの海で
泳ぐ事もできました。
天然の大きな海がめも、歓迎してたくさん浜辺に
上がってきてくれました。
仲間の元ちゃんや濱ちゃんとも久しぶりに
たくさん話す事もできました。
そして何より、無事に帰って来る事ができました。
神様は、何もかも、まきぴょんの味方してくださいました。
ありがとうございます。
でも神様、どうせならもう少しの間、彼女の元に居てください。
これからの治療が効いて、体のあちこちにあるガンが消えていくように
仕向けていただくわけには行きませんか?
病気が治り、彼女が再び親元から独立し、社会復帰する時に、
彼女の力になるのが、僕が次にやる仕事だと思っています。
彼女は、次はハワイへ行った事のないご両親を、
連れて行って、案内するんだと、
レンタカーの借り方や道順を一生懸命に覚えました。
「他力本願」 という言葉があります。
まきの周りはみんな一所懸命応援しています。
僕にできる、やるだけの事はやったつもりです。
あとは神様にお願いするしかありません。